A:村井邦彦って誰?
B:教科書に載っている"翼をください"の作曲家だよ。
A:そうですか。私、高校生のころ合唱コンクールで歌いました。ワールドカップの応援歌にもなったでしょう。
B:そう、札幌オリンピックのテーマソング"虹と雪のバラード"も彼の作品だよ。
A:他にはどんな作品を書いたのですか?
B:ザ・テンプターズの"エメラルドの伝説"、トワエモアの"ある日突然"、ザ・タイガースの"廃墟の鳩"、森山良子の"恋人"、モップスの"朝まで待てない"ズーニーヴーの"白いさんご礁"など、60年代後半に青春を過ごした人たちには忘れられないヒットソングをたくさん書いている。
A:すごいヒットソングライターだったんですね。
B:他にもまだまだあるよ。逸見マリの"経験"、北原ミレイの"懺悔の値打ちもない"、ピーターの"夜と朝のあいだに"。だけど70年代半ば以降はほとんど曲を書かなくなってしまう。
A:どうしてですか?
B:音楽出版会社やレコード会社をはじめて忙しくなり曲を書く時間がなくなってしまったそうだ。それにプロデューサーとしても多忙をきわめていた。
A:へーっ!どんなアーティストをプロデュースしたんですか?
B:赤い鳥……"翼をください"のオリジナルを歌ったグループだ。ユーミン、まだ荒井由実だった時代。エグゼクティブプロデューサーとしては、ガロ、ハイファイセット、YMO、カシオペアなど。
A:エグゼクティブプロデューサーってなんですか。
B:スタジオの現場には入らないけど、プロジェクト全体の責任者でOKとかだめだしをし予算をにぎっている人のことさ。
A:えらいんですね。
B:えらいかえらくないかは別にして彼がいなければユーミンやYMOは世にでなかったかもしれない。
A:そうなんですか!
B:今言ったアーティストたちのレコードは彼の作ったアルファレコードから発売されていた。
A:アルファって聞いたことあります。いまソニーから発売されているレーベルでしょう?
B:そう。まぼろしの独立系レコード会社だったんだ。
A:独立系って?
B:当時のCBSやRCAのような大会社に対してアトランテイックやA&Mのような独自のカラーをもった小ぶりのレコード会社を独立系レコード会社とよんでいた。90年代以降はM&Aで大会社ばっかりになってしまったけどね。
A:M&Aってなんですか?
B:マージャーアンドアクイジション。会社の合併や買収のことさ。
A:アルファはどうなったんですか?
B:80年代初めにアメリカへ進出しアルファアメリカという会社をつくったんだけど大赤字で撤退した。それで彼は社長を辞任したのだが、彼が去った後アルファそのものも消滅してしまった。
A:それでまぼろしの会社になったんだ。
B:会社としてはなくなったけど作品はいまも皆に親しまれているよ。アルファの原盤は音がよくて今聞いても古い感じがしないんだ。
A:どうしてですか?
B:会社をスタートした時期に当時の先端をゆく録音スタジオを建設し、優秀なエンジニアをたくさん抱えていたからさ。アルファのスタジオが今の日本のスタジオのスタンダードを作ったといっていい。
A:すごい会社だったんですね。
B:当時アルファで働いていた人たちはいまでも音楽業界や広告業界の一線で働いている優秀な連中だったんだ。
A:それで村井邦彦さんはどうなったのですか?
B:アルファをやめた後、しばらく映画の音楽をやっていた。
A:どんな映画?
B:"植村直巳物語"。ウィンダムヒルレコードのアーティストを使ったサウンドトラック盤はなかなかいいよ。それと伊丹十三監督の"タンポポ"などさ。彼は映画が大好きで勝新太郎さんの座頭市シリーズや勝プロの作品の音楽をずいぶんやっている。また手塚治虫原作の"火の鳥"のプロデュースもやっている。
A:へー。
B:90年代はロサンジェルスを本拠地にして音楽出版会社をやっていたようだがここ何年か作曲家としてカムバックをすることに意欲的だと聞いている。
A:こんどフォアレコードからコンポジションズというアルバムを出すそうですが。
B: Kunihiko Murai and His Orchestra というヴァーチャルなオーケストラを作って、昔のヒットソングや最近書いた曲を録音している。ゲストに細野晴臣、佐藤博、レイブラウン、山本潤子、森山良子といった人たちをむかえて多彩なアルバムにしあがっているよ。
A:ヴァーチャルなオーケストラってどういうオーケストラですか?
B:最近彼はトーベン オックスボルというアレンジャーと組んでいて、トーベンがサンプリングでフルサイズのオーケストラをコンピューター上で組みたてるんだ。ここにサンプル盤があるけど1曲聞いてみる?

(翼をくださいをかける)

A:わーー!これ本当のオーケストラでしょう?
B:合唱やソロ楽器はもちろん人間だけどあとはすべてサンプリングだよ。
A:うっそー。
B:トーベンはコペンハーゲンのコンセルヴァトワールで勉強してシンフォニーオーケストラのベースを長年担当していたので、生オケの音を知り抜いているんだそうだ。
A:そうなんですか!
B:村井も音楽のバックグラウンドはジャズのビッグバンド。それにかれが作曲家として一線のころは生録音ばかりだったからね。二人が意気投合したのがわかるような気がする。
A:いまこういう音聞く機会がないですね。
B:サンプリングだけど人間的なやわらかさが伝わってくるでしょう。
A:ほっとする感じ。
B:そうなんだよ。
A:合唱団もすばらしい。
B:歌っているのはメモナイトとよばれる1600年代にオランダから新大陸にわたってきたキリスト教新教徒の末裔で普段は教会で歌っている人たちなんだ。合唱のアレンジはラリーニッケルという宗教音楽の専門家。
A:どうしてまたそんな人たちがオーケストラに参加しているのですか?
B:トーベンもラリーもカレッジで音楽を教える同僚だったんだ。村井はもともとウイリアムバードのようなルネッサンスの合唱曲が大好きで気があったんだとおもう。村井音楽との相性は抜群だね。
A:私もそう思います。
B:村井の最新作、NHKスペシャルのために書いた曲をアカペラで合唱団がうたっているのだけど素晴らしいよ。
A:聞きたい聞きたい。

(「21世紀の潮流」をかける)

A:久しぶりにこういう音楽をききました。心が洗われるような気がします。
B:それをきいたら村井邦彦をはじめオーケストラの連中はとても喜ぶと思うよ。
A:Kunihiko Murai and His Orchestra。頭文字をとればKMOですね。ちょっとYMOみたいだけど。
B:(笑い)
A:わたしすっかり村井ファンになっちゃった。今後の活躍を祈っています。
B:今度会ったらいっておくよ。